のーまねー、のーふりーだむ

「副業のアフィリエイト」や「資産運用のインデックス(+米国株)投資」など。20代で5,000万円貯まったので一旦プチセミリタイア中。


低欲望社会が貧乏セミリタイアを加速させる

最近の若者は欲がない?

「最近の若者は欲がない、けしからん」というオッサンの説教を見聞きすることがあります。私も大概オッサンですが、若い頃は元・勤め先の上司によく言われました。

 

1980年代以降に生まれたいわゆるミレニアム世代は、モノを持つことにステータスを感じないそうです。

 

現在は世界的に異常な金余りが進んでいるため驚くほどの低金利で資金を借りることができますが、日本ではローンを組んで車や家を購入する若者が減り続けています。女性で言えば、ブランド物よりもファストファッションを好むとか。(あくまでも平均的には)

 

また、私達の多くは大学を卒業後、サラリーマンとして働くことになるわけですが、仕事における上昇志向も減少してきているみたいです。新入社員などに意識調査をすると、昇進したいポストとして「社長」と答えるのは1割程度、こちらも年々低下しています。

 

個人的な実感としても、同年代の知人・友人には同じような傾向があります。高所得者であっても、タクシーの方が安くつくからと車は持たず、自由に移動できないからコスパが悪いと家も買いません。

 

社会の低欲望化は世界でも日本が一番進んでいるらしく、今でも新興国では新しい車や大きな家が豊かさの象徴ですし、先進国でもアメリカ人なんかは借金して消費しまくっています。それゆえ、このままだと日本ヤバいんじゃないの?という話になるわけです。

 

消費が低迷したり、その影響を受けてGDPが減少するのは良くないことダヨネ、なんていう話は私でもわかります。しかし、別に政治家でも大企業経営者でもありませんから、マクロ経済的な問題については大して関心もありません。

 

いや、そんなこと知りませんよ。いつか日本がヤバくなったとしたら、それはとても悲しいことですけど、海外にでも移住すればいいじゃないですか。

 

てか坂の上に雲がない件

大前研一の『低欲望社会』では、「坂の上の雲を見なくなった日本人」という序文から始まります。『坂の上の雲』は明治の日本を欧米列強に肩を並べる近代国家にすべく奮闘する若者が描かれた司馬遼太郎の歴史小説です。

 

戦後や高度成長中にしても、国家の発展や経済の成長をみんなが信じて頑張っていた。しかし、成熟国家となった日本の国民、中でも若者は特に、自分達が目指すべき夢や理想という「坂の上の雲」が見えなくなってしまっている、みたいな。

 

 

偉い人の言葉を借りると説得力が増しそうな気がしますが、私なんかは本当にそうです。そこそこの大学を卒業して、そこそこの大企業に入社して、そこそこ順風満帆っぽい人生を送っていましたが、その先に目指すものを発見できませんでした。

 

多くの人がそうであるように、どうやら自分の人生に使命みたいなもの、つまり「坂の上の雲」的な何かはないんだなと気付きます。将来的に見つかる可能性までは否定できないけど、少なくとも今まではなかったし、今の延長線上にあるとも思えませんでした。

 

それなら、ちょっと無責任で申し訳ないけど、もうシンプルにやりたいことだけやって、毎日楽しく過ごした方が良くないですか?ということでセミリタイアしてしまいました。もちろん直接的な理由は朝起きるのがダルいという低俗な労働観です。

 

しかし、仕事や朝起きることのダルさ自体は、古今東西ほとんど全ての人間に共通する感情のハズです。それでも敗戦後や高度経済成長中はそういう人生に夢や理想を見出せたのは、「坂の上の雲」があったからでしょう?今はないんです。

 

そう考えると、このブログは私の性格的な歪みではなく、低欲望社会という時代の歪が生み出したとも言えます。(?)

 

低欲望社会と貧乏セミリタイア

「セミリタイア」と言えば、多くの人は事業や投資で成功した億万長者しか手に入れられない悠々自適な生活をイメージすると思います。しかし、社会の低欲望化が進むと、セミリタイア的な生き方はますます普及するかもしれません。

 

何故なら、「貧乏セミリタイア」という選択肢が出てくるからです。私自身、事業や投資で成功して大金を稼ぎ出したわけではなく、死ぬまで遊んで暮らせるようなお金はありません。残りの寿命を鑑みれば相当ギリギリな貧乏セミリタイアです。しかし、別に新しい車も大きな家も要らないし、趣味の旅行だってLCCで十分。1億や2億という大金は必要ないと踏みました。

 

個人が書いているセミリタイアブログの中には、2千万や3千万という資金でセミリタイアに挑戦している若者もいます。彼等の高い節約スキルを徹底的に活用すれば十分イケる水準なのです。もちろん2千万や3千万は大金ですが、これくらいなら高収入ではなくても努力次第では貯められる金額ではないでしょうか。

 

もちろん、お金の多寡と生活の豊かさはある程度比例するわけで、経済合理性という意味では定年とかまでちゃんと働いた方がいいです。「自由に生きる!」と息を巻いたところで、食うものや住む場所に困るような暮らしほど惨めなものはありません。

 

新しい車に乗りたいとか、大きな家に住みたいとか、そういう欲望を我慢しながら貧乏セイミリタイアをするのもおすすできないです。しかし、元々そういう欲がないのであればその心配はいりません。欲望を満たすために必要なコストが低ければ低いほど、セミリタイアの実現に必要な資金も少なくなります。

 

オッサンからは説教されるかもしれないけど、「欲のなさ」は貧乏セミリタイアにおいて最強の武器になります。坂の上の雲が消えてしまったのは若者のせいではないのだから、そういうオッサンにセミリタイアを夢見る彼等を否定する資格はないでしょう。

 

私達はいつまで働けばいいのか?セミリタイアとお金(経済合理性)の狭間

 

今日は以上です。

 

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