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本当に正しいお金と時間の使い方は自己投資?もしくは成功者の話がほとんど眉唾な件

 

先日、資本主義の頂点に君臨する大富豪の金言がインターネットでバズっていました。

 

 

記事をまとめると、以下の一文に集約されると思います。

 

限界までお金を使うことが明日の自分への投資になる。

 

要するに自己投資の重要性を説いています。それも「少しずつ」ではなく、「限界まで」使うことに意味があるというのがエッセンスです。成功者らしく大胆で豪快、読んでいて気持ちの良い内容でした。

 

目先のお金よりも経験を重視する話には個人的にも共感するものがあります。タイトルは「お金を増やす方法」と銘打っていますが、そうではくても人生は一度きりだからです。ましてや世界がフラット化して競争が激化している昨今、自己投資の重要性が執拗に語られるのも不思議ではありません。

 

記事は面白かったですし、そもそも「R25」というメディアで25歳前後の若者向けに書かれたものですから、既に30代である私は想定読者じゃないわけですが。

 

自己投資の限界効用逓減

子供の頃、クラスの友達であるA君は誰よりも早く塾に通い始めました。そして、その場所で特殊な能力を手に入れます。

 

A君は難しい算数の問題を学校では教わらないダイナミックなやり方で解放してみたり、膨大な歴史の年表を奇妙奇天烈しかし能率的な語呂合わせで暗唱してみたり、親からの愛と教育(という投資)によって周囲を圧倒するスキルを身に付けたのです。A君の成績は上がりました。

 

しかし、1年も経つと成績は再び低迷してしまいます。いつの間にか平均にも届かないような点数を取るようになってしまったA君は、通っている塾とは別の塾にも併行して通い始めました。しかし、その差は縮まるどころか悪い方に開くばかりで、一向に追いつきません。

 

とうとうモチベーションが下がってしまったA君は私達と一緒にゲームセンターで遊ぶようになります。途中からはA君の親がそのゲームセンターまでやって来てほとんど泣いているA君を引きずるように塾へ連れて行くところまでがワンセットになりました。

 

当時、私達の間で流行していた格闘ゲームでカリスマ的な強さを誇っていたのは同じクラスのB君です。B君は塾など通わずほとんど毎日ゲームセンターに通っていましたし、学校の授業中も新しいコンボ技の研究に余念がありませんでしたから、これは誰が見ても納得の結果です。

 

そして、クラスで一番成績が良いのもB君でした。それはB君が親の都合で転校するまで変わりませんでした。

 

成功・失敗は何で決まるのか

B君が数学オリンピックでメダルを取ったという知らせを聞いたのはそれからしばらくたってのことです。そう、B君は特別な子供だったのです。

 

平凡な子供である私達は相変わらずゲームセンターで年上の先輩達が繰り出すコンボ技にてんてこまいでしたし、A君は通う塾を変えたみたいですが成績は上がらずに愚痴っぽくなっていました。子供ながらに、この世界は酷く残酷だなと思ったものです。

 

学業の世界だけではなく、スポーツの世界でもビジネスの世界でも同じです。大事を成すのは先天的な素質に恵まれた人間であり、才能と比べた時に頑張る・頑張らないの影響はあまりにも僅かです。殊ビジネスにおいては根性だけで成功することもありそうなものですが、例外は例外ですし大当たりを引く確率は天文学的な数字だと言えるでしょう。

 

 

世の中に溢れている成功法則には再現性がありません。もしB君が「塾に通わず数学オリンピックでメダルを取る方法」という本を出したとしたら、もしくはB君の親が「数学オリンピックでメダルを取る子供の育て方」という本を出したとしたら、自伝小説以上の価値がないことを私達は知っています。(友達としては読んでみたいですが)

 

運命論者ではありませんが、個人の努力や環境程度では変えられないことの方が圧倒的に多いという事実は子供の頃から理解していました。大人になった今は、そういう現実と折り合いをつけて身の丈に合ったささやかな幸せを追い求めるのが良いと考えています。

 

本当に正しいお金(時間)の使い方?

冒頭で紹介した記事に書かれていた「お金の増やし方」に話を戻すと、自分に投資した方がいいのか、そもそも別の何かに投資した方がいいのかについてはよく考える必要がありそうです。平凡な私は、自分に投資するよりも自分以外に投資した方が投資対効果が高いと考えています。

 

それは自分よりも遥かに頭が良い優秀な経営者が経営している企業の株を買うことだったり、自分の「見る目」よりも資本主義経済全体の成長を信じてインデックス投資をすることだったりします。(少なくとも、年金の支給すら怪しいこの国の若者に「限界までお金を使え」とは口が裂けても言えません。老後が心配です)

 

もっとも、負け惜しみを言えば私は会社を辞めて無職になった時点でお金を増やしたいとか経済的に豊かになりたいとかそういう叶わぬ夢は諦めています。お金の本質は交換価値ですから、やりたいことをやる・買いたいものを買うための手段に過ぎません。お金を何にいくらどのような目的で使うかは個人の自由ですが、私が買ったのは「時間」ということになるかもしれません。

 

A君の親がA君の自由を奪いA君を強制的に塾へ連れて行くために〈まるでA君の小さな体にドーピング注射でも打つかのように!〉ゲームセンターまでやって来た時、何故か私達まで酷く怒られたのは子供ながらに辛かったのを覚えています。それは大人から叱責されることへの恐怖ではありません。私達はその時のA君の気持ちを尊重してあげたかったし、A君にはA君の大好きな格闘ゲームをやらせてあげたかったからです。

 

本当に正しいお金(時間)の使い方についての答えはわかりませんが、少なくとも当時のA君にとっては塾に行くことではなくクラスの友達と一緒に格闘ゲームを遊ぶことでした。もし仮にA君の成績が上がって、将来的に良い進学先や良い就職先が見つかったとしても、それ以上に楽しい時間を過ごせるかどうかはわかりません。

 

最悪なのは、どちらの願いも叶わないことでしょう。

 

今日は以上です。

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