のーまねー、のーふりーだむ

「副業のアフィリエイト」や「資産運用のインデックス(+米国株)投資」など。20代で5,000万円貯まったので一旦プチセミリタイア中。


上司からの評価(高い・低い)が気になる?それとも気にしない?

上司からの評価(高い・低い)が気になる?それとも気にしない?
何やらライフハックっぽい(?)タイトルになってしまいましたが、割とタイムリーな話題かと思われますので記事にさせて頂きます。

 

12月は冬の賞与を支給する企業も多く、最近はその査定が行われた人々も多いのではないでしょうか。

 

私の勤めている企業でも、12月10日に支給される賞与を前に上司が慌しく査定の面談を行っていました。

 

私もその対象ではあるのですが、上司からの評価が高いとか低いとかいうことにはあまり興味が持てないまま4年間ほどサラリーマン生活を続けています。

 

良くも悪くも年功序列型賃金を採用している大企業なので、賞与を含めて、上司からの評価が高かろうが低かろうが短期的にはほとんど収入が変わらないからです。(同期入社の人々に関して言えば、最も年収が高い人と最も年収が低い人を比較してもその差は100万円未満です)

 

もちろん、男たるもの「仕事が出来ない」というような悪いレッテルを貼られるわけにはいきませんし、不当に低い評価をつけられるような事態に陥れば不満も残るでしょうが、私は就業中に悪びれることもなく株価や為替のチェックをしたり副業のアフィリエイトに勤しんでいるような不良サラリーマンですので、平均以上の評価を頂戴できるようであれば特に何も文句はありません。

 

上司からの評価(高い・低い)が気になる人の特徴

一方で、上司からの評価(高い・低い)が気になって仕方がない人々というのも存在します。

 

そういった人々を否定するつもりは全くありませんし、むしろサラリーマンとしては健全なことなのかなとも思いますが、こういった人々には大きな特徴があると感じています。

 

上司からの評価(高い・低い)が気になって仕方がないというサラリーマンの多くは、自分=会社というような按配で、自分のアイデンティティを1つしか持っておらず、また、そのアイデンティティを上司(または会社)という他人からの評価で決めてしまっているように思うのです。

 

結果、退職後のサラリーマンが社会との接点である企業と何の関係も持っていないことに驚愕し、自分のアイデンティティがどこにあるのかということに思い悩み、自分のアイデンティティ及び居場所がどこにもないことに気づき、戸惑ってしまうような事態は枚挙に暇がないのです。

 

どういったアイデンティティを持とうが、または持たまいが、それは個人の自由ですから、繰り返しますが上記のような人々のことを否定するつもりは全くありません。

 

ただ、ストレスは少なければ少ないほど良いと私は考えています。

 

上司からの評価(高い・低い)を気にしないで済む方法

サラリーマン以外のアイデンティティを構築しましょう。

 

より具体的な提案としては、副業を始めてみてはどうしょうか、そして稼ぎましょう。

 

私は現在勤めている企業に入社したその時から既にサラリーマンとしての収入よりも副業のアフィリエイトから得られる収入の方が多い状態でした。(今年は残念ながら“サラリーマンとしての年収 > 副業のアフィリエイトの年収”になってしまいそうですが・・・)

 

そういった状況も相まって、可能であれば一刻も早く早期退職してセミリタイアしたいと考えることはあっても、定年まで勤め上げたいとか出世して勤めている企業を良くしたいとか思ったことはただの一度もありませんし、サラリーマンとしての自分がアデンティティの中心であると感じたことなんて微塵もありません。

 

「○○という会社に勤めている私。」ではなく、「私は○○という会社に勤めている。また、××という副業を行っている(××という事業を経営をしている)。」と自信を持って言えるような状態になれば、上司からの評価が高いとか低いとかいうことが小さなことに感じられて気にならなくなると思います。

 

更に、精神的に安定するだけではなく、副業からもたらされる収入によって経済的にも安定しますので一石二鳥です。

 

上記は副業に精を出している私のポジショントークだと思われるかもしれませんが、上司からの評価を気にしないで済む方法なんて副業以外にも色々あると思います。

 

大事なことは、自分=会社というような按配で、アイデンティティが1つしかないという風には思い込まないことです。

 

P.S. 上司からの評価は、特段の事情がなければ基本的には低いよりも高い方が良いに決まっています。サラリーマンは、より少ない労力でより高い評価を得られるように努める(振る舞う)べきです。但し、その上で、それが全てであるというようなことは全くない、と私は思います。

-サラリーマン日記