先日、学生時代の友人と飲みに行きました。
友人は従業員数100人程度の会社を経営しており、身一つで会社をここまで大きくしてきた彼は私の誇りです。
会社を興してから10年近く経っていますが、彼の忙しい合間を縫う形で年に1度はお酒を酌み交わしているでしょうか。
ふと気付いたのは、この10年間、彼が仕事上で思い悩んでいる内容の本質に全く変化がないということでした。
事前に断っておくと、彼はどちらかと言えば寡黙な男であり、決して他人の悪口を言うようなタイプでもありません。
ただ、気心の知れた旧友を前に酔っ払ってしまうと、常日頃の強すぎる緊張が急激に緩和されるのか、ついつい愚痴がこぼれてしまいます。
「うちの社員が如何に駄目であるか」
曰く、所詮は中小企業ということもあり、超優秀な学生や大企業からの転職者はほとんど来ないみたいです。
そうなると、会社としては“低~中レベル”の人材でも採用し、“高レベルの人材”に育てていく必要があるわけですが、これがなかなかうまくいきません。
社員が10年経っても成長できず駄目なままである理由は、会社の採用戦略が決定的に間違っていたり、彼に他人を育てる資質が圧倒的に足りないからでしょうか?
彼自身は非常に頭が良く、他人の気持ちもわかる心優しい男だし、仕事もデキる一流のビジネスマンです。
当然のように、経営者として〈私には想像も及ばぬ高い次元で〉様々な対策を施してきました。
もちろん、まだまだ若い経営者に100点の仕事ぶりはありませんから、きっと気付いていないだけで改善の余地は山ほどあるのでしょう。
何も、私は会社経営の話をしたいわけではありません。(できません)
それよりもっと前の話で、10年経とうが100年経とうが、駄目な奴は何をやっても駄目なのです。
人間の能力(特に知能)は遺伝で決まる
人間の能力(特に知能)は、その大半が親からの遺伝で決まります。
私達は身長や体重、運動神経などが遺伝することは当然のように受け入れているハズです。
しかし、頭の良し悪しが親からの遺伝で決まってしまうという話にはタブーのような雰囲気すら漂います。
「努力すれば頭は良くなる!」
親や学校の先生からはそう教わったかもしれませんが、これは〈無知な大人による、子供にとってはあまりにも優しくて残酷な〉嘘です。
研究によると、あらゆる能力の少なくとも50%程度は遺伝によるものだということがわかっています。
才能の半分以上は遺伝で説明されることがわかった
行動遺伝学とは、知能や性格などがどのように遺伝していくのかを調べる学問です。その中心となる手法が「双生児法」。天然のクローン人間である一卵性双生児と、二卵性双生児の類似性を比較し、遺伝と環境の影響率を算出します。
18年間総数1万組の双生児ペアについて、知能・学力や性格、精神疾患や発達障害などを調査しました。その結果、神経質、外向性、開拓性、同調性、勤勉性といった性格については30〜50%が遺伝で説明できることがわかりました。また知能については70%以上、学力は50〜60%程度が遺伝で説明されました。
双生児法を用いた行動遺伝学研究はいまや世界各国で膨大な研究の蓄積があり、音楽や執筆、数学、スポーツに関しては遺伝の寄与率は80%にもなるという報告もあります。
さらに驚くべきことに、子どもの頃の知能やアルコール、タバコの物質依存など一部の形質を除くと、性格や能力など人間の行動や心理的な側面に共有環境(家族のメンバーを似させようとする環境で、おもに家庭や親による環境)の影響はほとんど見られないこともわかったのです。
出典:http://www.newsweekjapan.jp/stories/world/2017/01/post-6659.php
例えば、多くの仕事においては論理的な思考ができるかどうかで成果に差が出る部分が大きいと思います。(例外もたくさんあることを知っています)
「学歴と仕事の成果には関係がない」とよく言われますが、私の経験としては少なくとも学習速度と事務処理能力においては完全に正の相関がありました。
そこには、本人のやる気や努力というものはほとんど(無視できる範囲でしか)関係がないのです。
その点で、“低~中レベル”の人材を採用し、“高レベルの人材”に育てていくのは非常に難しいと言わざるを得ません。
入社1年目にイケてない人材は、2,3年経ってもイケてない人材であり続ける可能性が極めて高いでしょう。
「頭が悪い」は治らないのです。
頭が悪くてもいいじゃない
企業の目線ではなく、個人の目線で考えると、この現実をどう処理すべきなのでしょうか。
実に不愉快ですし、同時に残念ですが、私も頭が良い方ではありません。
仕事ぶりも駄目だと自覚していますし、そうでなければせっかく就職した会社を辞めて無職のような生活を送ることはなかったでしょう。
冒頭で紹介した経営者の彼もそうですが、抜群に優秀な友人達と話をしていると自分のバカさ加減に強いコンプレックスを感じてばかりです。
そのせいなのか、学生時代は自己啓発本を読み漁っていた時期もありました。
もちろん、自己啓発本を読めば頭が良くなるなら世界は天才だらけになっていますし、自己啓発本を読めば成功できるなら世界はお金持ちだらけになっています。
悲しいことに、私の頭はそんな当たり前のことにすら気付けないポンコツだったわけです。
しかし、20代後半くらいからでしょうか、年を重ねるにつれて「別に頭が悪くてもいいじゃない」と思えるようになりました。
頭が悪い現実を受け入れて、それが決して自分のせいではない(大半は遺伝である)ということを認めれば、〈自分に対しても、他人に対しても〉寛容になれると思います。
ダメな奴は何をやってもダメですし、「頭が悪い」は治りません。
それでも、私は平凡ですが満足のいく、それなりに楽しい人生を送っています。
成功を渇望する気持ちはありません。
それは幸せを邪魔するものです。
今日は以上です。
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